新年おめでとうございます

 昨年もいろいろ大変な一年でした。いろいろあったわけですが、この一年での一番の成果は、やはり二月刊行予定の『環境哲学と人間学の架橋――現代における人間の解明(世織書房)』だと思います。

 同書は私の恩師である尾関周二先生との編著で、執筆者は全員が私同様先生の弟子たちです。こうしたメンバーのみで一冊の本が出版されるのは初めてのことですので、大変意義のあることでした。出版企画がスタートしてからかれこれ二年近くの時間を要しましたが、昨年を山場としてようやく完成のめどがたったという具合です。

 内容的には執筆者によってさまざまな方向性が採られており、必ずしも一致しているわけではないかもしれません。とはいえ、同書で“環境哲学”というものの学問的な枠組みについては、ひとつの形ではありますが示せたのではないかと思っています。

 このうち私が直接執筆したのは、

  • 【序文】
  • 【総論】「環境哲学とは何か?――環境哲学から人間学への架橋」
  • 【各論】「環境哲学における「持続不可能性」の概念と「人間存在の持続不可能性」」
  • 【あとがき】

 になります。分割されてはいますが、これまで研究してきた内容のエッセンスをさまざまな形で織り込む努力をしましたので、これらを読んでいただければ、私の思想的な到達点をある程度理解していただけるものと思います。

 強いて言うのであれば、昨年二月の東洋大での講演以来積み上げてきた「人間存在の持続不可能性」に関する議論も、かなり踏み込んで述べたと思います。このあたりの議論は難しいのでなかなか十分な形で書けてこなかったのですが、この点も【総論】と【各論】を合わせて、ひとつの到達点を描けたと思っています。

(このあたりについて興味を持って下さる場合は、平行して刊行される――上柿崇英(2015)「〈生活世界〉の構造転換――“生” の三契機としての〈生存〉、〈存在〉、〈継承〉の概念とその現代的位相をめぐる人間学的一試論」竹村牧男/中川光弘監修、岩崎大/関陽子/増田敬祐編集『自然といのちの尊さについて考える』ノンブル社――で、相当踏み込んだ内容を書きましたのでそちらをご覧下さい。)

 今年こそは、中途半端な形で放置状態となっていた単著を頑張ります。これを刊行できて初めて、本当の意味で一段落ということでしょうか。今年もいろいろあるとは思いますが、何とか乗り越えていきたいと思います。

 皆さんにとっても、良い一年になりますようにお祈り致します。

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環境哲学のラディカリズム

 皆様大変ご無沙汰しております。このブログも以前ひと月に一度の更新を目指していたのですが、なかなか手が回りません。しかし時々足を運んで下さっている方もいるようなので、これから少し頑張っていきたいと思います。

 さて、今回は本の紹介をしたいと思います。

 今年の初め、私の恩師である尾関周二先生と、東京農工大学の先輩や後輩たちが力を合わせて本を書き上げ、出版しました。タイトルは『環境哲学のラディカリズム』というもので、環境問題や現代社会における人間の病理といった問題について哲学的な方法で論じた本です。

 あまり人文・社会科学的な言葉に慣れていない方には少し難しいかもしれませんが、これまで母校の研究室で大事にしてきた問題意識がひとつの形になっていると私は思っています。

 もちろんこの研究室が問題にしてきたことは、この本よりも幅が広いのですが、全員が敢えて「脱近代」という共通のキーワードを使ってそれぞれの議論を膨らましているのが特徴です。

 (あと、知るひとぞ知るという感じですが、アルネ・ネスの奥様による追悼文が掲載されており、これはかなり貴重だと思います。)

 尾関研究室は私の研究者としての故郷であり、執筆者のほとんどは学生時代に苦楽をともにした仲間たちです。そのため大変思い入れもあり、同書は多くの方の手にとっていただきたいと思っております。興味を持って下さる方には、ぜひお求めいただけますとありがたいです。

 

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新しい職場

 大阪へ移って早くもひと月半が立ちましたが、いろいろあってようやく昨日ぐらいから落ち着けるようになりました。近辺には古墳がたくさんあって、毎日古墳の脇を自転車で通って通勤しています。

 来年からは忙しくなりそうなので、皆さんにお話ししている本の件、今年の内に何とか完成させたいです。原稿は一応半分は書き上がったことになるので、後半戦ではあるのですけれども。思想系は単著が名刺代わりになります。

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